1、映画を観て、ソーシャル上の個人と実際に会って話す個人とはどのような違いがあるか。
ネット世界でのコミュニケーションは、現実でのコミュニケーションとは違い、顔や体は見えず、自分の気持ちや考えのみで相手とわかりあうものだ。 顔が見えないということは、外見での判断がなくなり、相手との壁がなくなる。 それはとても便利なもので、たとえば、普段とは違う自分をさらけ出したり、関わる機会のない幅広い年代の人ともフランクなコミュニケーションができるということだ。
映画にもあったように、普段は真面目な生活をしている人が、非行的な内面を持っているなど…
人によってさまざまだが、外見によって言えなかった気持ち、考えなどを、たくさんの人に聞き入れてもらえる場所がネット世界である。
ただ、ネットが原因で引き起こされるトラブルは多い。
機械を通すことで、自分を主張しやすくなる反面、人と人という感覚が薄れ、相手を思いやる気持ちが減少してしまうからだ。
私も以前オンラインゲームをしたときに、経験したことがある。 当時私は小学生で、オンラインゲームをする同年代は今と比べるととても少なく、ネットの上で同じ小学生を見つけるというのは困難だった。 そういった中でたまたま出会ったのが、年も同じ小学生の女の子だった。 同い年というだけで意気投合し、それから毎日のように仲良くゲームを楽しんでいた。 しかし、相手の子はもちろん小学生なので就寝時間も早く、長く遊ぶには、学校から帰宅してすぐにパソコンに向かい、ゲームを始めなくてはならない。 そのため、私は帰宅してずっとゲームをし、終わったらすぐ寝る、というネット中心の生活をしていた。
しかし数ヶ月もすると、毎日一緒にいた相手の子はあまりゲームに参加しなくなり、最初と比べると関わる機会がなくなり、私はそれがとても不満だった。 「自分は相手にあわせていたのに」と勝手に思いこみ、たまに一緒にゲームをしても私は全く楽しいと思わなくなっていた。
そんな状態で、ゲーム内で数人と会話をしていた時、相手の子が私の「そろそろ抜けるね」という言葉に対して何も反応してくれなかっただけで、私は怒ってそのまま退席した。そして その後再び会ったときに言われた「この間なんで急にいなくなっちゃったの?」という問いに対してもまた怒り、「抜けるっていったじゃん」と、顔文字もつけずに答えた。
普段から、ネット世界外でも友達に強く主張したり怒ったりということをあまりしていなかった私だが、その時はあからさまに怒ったように返信し続けていた。
すると途中で、私は相手の子から「最近なんか態度が恐いよ、どうしたの」と言われてしまった。 私はハッとして、小さいことでこんなにも怒っている自分に気がつき、すぐに謝った。
自分のことばかり考えていて、相手の子のことを全く考えていなかったのだ。
今思うと、人と人というよりも、自分と他の何か(機械)、という意識が強くなっていたのだと思う。顔が見えないだけで、機械の向こう側には人がいるのに、ネット世界というのは、そういったことを忘れさせてしまうのだ。
”外見”という壁がなくなり、気持ちだけの自由なコミュニケーションを可能にする反面、本来の人同士のコミュニケーションというのが薄れ、気持ちの暴走につながるのである。
こういった経験をしたおかげで、今ではネットでコミュニケーションをする際にも、とても気を遣うようになったし、同じように気を使ってくれるような相手とかかわり、できる限りトラブルが起こらないように心掛けている。
(✪ω✪ )確認しました。
返信削除怖いのは相手でもあるし、本来顔を突き合わせていれば怒ってしまわないのに、不安や不満から酷い言葉を言ってしまう自分でもありますよね。私も似たような事があります。