・見出しは簡潔に、かつ、内容がある程度わかるように。
・新聞社にとっての重要な広告企業に関しては、問い詰めるようには書かず、現在の企業の対応状況など、改善に努めていることを書く。
・とくに必要のない事実は省く。
●私の考える新聞記者について
新聞記者というものは、記事を書くにあたって、事実のみを書かなくてはならない。というのも、新聞というマスメディアは、膨大な数の情報が出回るなかで、その正確さ、質を求められているからだ。
しかし、事実を全て記事にすればいいというわけでもない。
新聞に書いてあることは正確である、という信頼をある程度もっている読者は、新聞からの情報に対して、さまざまな考えを持つのだ。そのため、そこに関連する企業や人、ものに、読者が影響をおよぼすような行動を取ることが考えられる。
(例えば、ある企業の商品に問題があったという記事を見て、読者がそれからその商品を購入しなくなる。)
場合によっては、ある企業は倒産に陥るかもしれないし、ある人は周囲から誹謗中傷にあうかもしれない。
そのようなことがあれば、新聞社にも苦情や意見が多々寄せられるだろうし、不都合な事態にもなりかねない。
そうなると記者は、ただ事実を述べるだけではなく、ある程度読者を「操作する」ことが必要になるのではないだろうか。
「操作する」といっても、もちろん事実をねじ曲げていいわけではない。それは、情報に対しての事実を、どの程度まで公開するか。また、記事の構成のしかた、つまり書き方が重要だということだ。
そのため、記者は常に、記事に関連する企業、人、ものに気を配り、書くべき事実と、書かなくてもよい事実を判断し、記事を作らなければならない。
しかし、なぜそこまで気を使わなければならないのか。それは、情報に操作されやすい人々が、どういった状況で、いつ記事を目にするかが予測できないうえに、記事が与える影響が大きいからである。
